世界はなぜ「良くなっている」と言えるのか?―「ファクトフルネス」書評

尊敬する何人もの著者の方々が原稿中で名前を挙げ、言及してきたハンス・ロスリング氏の著書が出たと聞いて、読みました。

ハンス・ロスリング氏は医師であり公衆衛生学者であり、TEDの人気スピーカーとしてもよく知られています。

人間は、思い込みや偏見を持って世の中を見がちだ(これを本書では「ドラマチックすぎる世界の見方」と呼ぶ)。思い込みや偏見を排し、事実(データ)に基づいて世界を見る習慣――これを本書では「ファクトフルネス」と呼ぶ――を身に付けよう、と説く内容です。

ハンス・ロスリング氏も「思い込み」にとらわれていた

スウェーデンとインドで学んだロスリング氏は、アフリカのモザンビークで医師としてキャリアをスタートしたそうです。氏が未開の地で謎の症状を呈する病気の流行に悩んだり、西洋人である自らに根付いていた偏見に気付かされたり、といった体験談から、本書を構成する10の「思い込み」の章はすべて始まります。

「思い込みを捨てよ。データを通して世界を見よ」と説く本である、という概要は購入前に聞いていましたが、本書を開く前には少々不安がありました。データの重要さ、科学的視点の大切さを説く人の中には、なんか妙にバカに冷たい人がいるんですよね。

原発事故のあと、他人の不安感情に取り合わず、事実や正論なのだろう数字絡みの話に終始するだけの人を、しばしばTwitterなどで見かけました。それじゃあ事実をもってしても人を説得するのは難しいよなと思うわけです。そこまで冷淡でないまでも、事実の前にある感情のギャップをどう捉えていくのかなと。

その点において、本書は周到にできています。まず、著者自身の失敗談から入ることで、思い込みは誰にでもあるのだと著者の人生をもって示しています。ときには自らの誤りから人の命を失わせてしまった(氏が正しく判断できた場合に救えたかといえば、そうとも限らない気もしますが)エピソードまであり、これ以上ない重さがあります。

失敗例は自身や自らが教えた学生、または講演した西洋のエリートたちから取る一方、いい例には著者が接したアフリカやアジアの人々を多く挙げる事例の選択は、ある程度意識的にされているのだろうと思います。

ロスリング氏はアフリカで多くを学び、目の前の1人の重症患者の治療に集中するよりも環境を整える公衆衛生学的な視点が、より多くの人を救うことにつながると確信します。データを重視する姿勢や、その後の「人々は驚くほど世界の事実を知らない」という発見、そして生涯をかけた世界の無知を正す活動につながっていきます。

本書は「データが大事」と説く内容ですが、こうしたロスリング氏のストーリー、つまりエモーショナルな要素が、その主張に強い説得力を与えていると感じます。

「悪い」と「良くなっている」は両立する

本書の前半に、何度も「世界は良くなっている」というフレーズが使われます。私は、この言葉に反発しながら読んでいました。世界は全体的には少しずつ豊かになっているかもしれないが、豊かになればなったで新しい問題が生まれる。単純に「良くなっている」と言えるのか? と。

しかし、氏はこうも言っています。「世界のいまを理解するには、『悪い』と『良くなっている』が両立することを忘れないようにしよう。」(P.90)と。

世界は少しずつ物質的・経済的に豊かになり、氏が専門とする公衆衛生の面でも確かに改善が続いています。でも何もかもが順調であり問題がないという意味で「良くなっている」と言っているわけではないし、後の章では地球温暖化に対する深い懸念も示されています。

とはいえ、著者が設定した点において「良くなっている」ことは事実であり、今ある問題も解決は可能であると氏は考えている。「悪い」と「良くなっている」は両立する。むやみに悲観せず、いい面だけ見て慢心することもなく、取り組みを続けていくことが必要だ―。

言われてみれば多くの人が同意できることだと思いますが、単純な話ではないので、こうした意識を共有する機会は意外と少ないと思います。本書でもこの話に至るまでに100ページ近くを要しているところに、あらためて難しさを感じもしました。

とはいえ、この、なかなか一言では表しにくい認識を共有することが、本書のいちばん大事なポイントではないかと感じました。

世界はすべてつながって、人に備わっている認知能力だけではすべてを把握しきれない。また、古来からある本能が広すぎる世界や速すぎる動きの理解を阻んでしまうこともある。だからこそ認知の助けとしてデータを活用し、「正しく」捉える必要がある。それを常識とし、トレンドとしていくことが、まず大切なのだと思います。